20220806 第66回集いを開催致しました!

当写真は『太台Books』http://taitaibooks.blog.jp/# 様からお借りし色彩を調整しております。


今回の「集い」のテーマは 『臺灣 書店物語~書店から見える台湾』です。

地下鉄南森町駅から天神橋筋商店街を北へ少し歩くと、通りに面したビルの2階にある、うっかりすると通り過ぎてしまうような一角にある「フォルモサ書院」。店の中には紀行・旅本・写真・歴史・民俗・文学関連の古書や古地図・絵葉書などが並び、とりわけ、「フォルモサ」の名の通り、台湾に関する古書や雑貨が取り揃えられ、台湾を訪れることがままならない昨今、台湾ファンたちの渇きを癒すオアシス的な存在となっています。

今回、店主の永井さんに台湾の「独立書店」と呼ばれる特色ある書店についてのお話や、台湾の古書の魅力についてお話しいただきます。


第66回日本と台湾を考える集い  

 

 『臺灣 書店物語~書店から見える台湾』 フォルモサ書院 店主 永井一広 氏 

8月6日(土) 13:30~ 

大阪市立難波市民学習センター 

 

私は、大阪の南森町でフォルモサ書院という小さな古本屋をやっております永井です。名前からすぐわかるように台湾関係の本が多い店です。台湾以外の普通の本も扱っています。 

来店された方からは「前を通ったのに通り過ぎてしまった」とよく言われます。天神橋筋商店街の中のわかりにくいところにありますが、フォルモサの名前で「台湾?」っていうので来ていただけます。 

 

私は、長年会社勤めをしていて、いろんなきっかけがあって退職しました。それを機に、今しか台湾に長く行けない、旅行ではなくてゆっくり見てきたいと、長くといっても3ヶ月程度ですけども、台湾に行き、帰ってきてからフォルモサ書店を始めました。 

 

本日は、まず、台湾の本屋さんのことを少し紹介させていただきます。台湾の本屋の特徴とか日本と違う事情についてです。そして、その事情の由来として、やはり台湾の近代化と書店の関係が、少なからずあるのかなと感じるものですから、そのお話。また、日本統治時代の古書を紹介しながら、そこから見える台湾についてお話しします。 

 

それでは早速、台湾の書店の紹介から。 

僕は元々本屋が好きで、台湾に限らず、日本でも、旅行に行ったら本屋を巡ってしまうたちです。 

 

 

 


台湾書店散歩 

 

(1)台湾的店(台湾e店)(台北・移転) 

台湾大学の近くにあるこの書店は、台湾がテーマで、基本は新刊書です。他にはDVDとかCDですね。原住民の音楽から、台湾独自の映画とかDVDとか、自分でTシャツ等も作って販売しています。なかなかユニークな店で、ここは結構広いんです。よくこれだけたくさんの台湾の本があるなっていうぐらいあります。

 

店主はアメリカに留学経験があって、博士号もお持ちです。1980年に台湾に帰国されて、その後大学で教鞭をとられました。教鞭を取っている間に、原住民の集落をいろいろ回り、その間にデモに参加されました。そこで、当時タブーとされている本が売られているのを見て、自分でも扱っていろいろやりたいなと思われたそうです。それで大学を退官して、本屋さんを始められました。なかなか勇気のいることだなと思うんですね。

このお店は日本語書籍も充実しています。日本ではあまり置いていない台湾で出版された日本語の本も置いています。

 

(追加情報)

この店は「讀派」(台湾e店)として台北駅付近に移転しました。

 

(2)南天書局(台北)


南天書局も台湾大学の近くです。文化・歴史が専門で、日本統治時代に出版された書物や地図を、復刻版という形で出版されています。「とにかくいいものを作りたい」というこだわりがあって、採算は度外視だそうです。とは言っても、1976年にできていますから、ちゃんと経営のことも考えて続けてこられたと思います。

 

3~4年前に改装されて綺麗です。前はもっと普通の、いかにも本屋さんっていう感じでした。たまたま日曜日に開いている時があって、喜んで写真を撮りました。ここは照明にも結構凝っていて、誠品書店の影響かなというぐらいに本当に店内が綺麗です。

 

(3)旅人書房(台北・閉店


旅人書房は、ズバリ旅をテーマにした書店です。

 

私の店は台湾がテーマですが、タイの本も少し置いています。それで、私が店を始める前に、何度かお話を聞かせていただきました。台北の青田街の二階にあって窓の外には日本家屋が見えます。

 

新刊書と古書を扱っていて、カフェを併設しています。雑貨もちょっと置いていて、結構おしゃれな感じのお店ですが、ここはもう閉店しました。経営は厳しかったようです。


実は、ここの店主さんをお呼びして、私のお店でイベントをさせていただいたことがあるんですね。写真の女性の方です。イベントの後で撮った写真には、今日来られている方も写っていると思います。

 

(4)三民書局(台北)

創業が1953年と台湾の中ではかなり古く、重慶南路にある代表的な本屋の一つです。

 

ここは新刊書店を扱う総合書店ですね。私の感覚では、昔梅田にあった旭屋書店的な感じです。真ん中にエスカレーターがあって、まさしく旭屋書店の台湾版ですね。店名には、三民主義の意味もかけているかもしれませんが、3人の平民が始めた、ということのようです。

 

最初は本の仕入れ方もわからないまま始めました。新刊書を売るだけでは、日本でも同じですが、利益はあまり上がりません。それで、ここは本の出版にも結構力を入れているようで、特に現代社会に必要なのは法律だということで、法律関係や経済、宗教、教育などの本を出版されて、自分の店でも売っています。

 

台湾の老舗の新刊書店さんは、割と、出版業も兼ねています。日本でも、紀ノ国屋さんは出版されていますが、台湾の本屋さんはそれ以上に出版に力を入れている印象があります。

 

私は、台北駅に行くと、ご飯を食べたあとにぶらぶら歩いてここに寄って、バスに乗って帰るというパターンが多くて、ついつい寄っちゃう店でした。なんかここは落ち着くというか、やっぱり昔の旭屋書店に似ているからですかね。(笑)行くと懐かしさを感じちゃうところがあって、結構好きでした。今でもあります。

 

(5)蘭臺藝廊(台北)

2007年に開業して一度移転しています。

 

ここのコンセプトは「一冊の良き本はあなたの心の栄養となる」です。ここも店主さんが本当に本好きなんだなと思います。

 

場所は、台北のMRT紅線の石牌駅の北側です。駅からすぐなんですけど、路地をぐるぐる入っていきます。路地の一番突き当たりに小さい看板がある、本当にわかりにくいところですが、面白いですね。扱っているのは全部古書だと思います。値段は特別安くはないけれども、店主さんのお気に入りの本には高い値段が付いている感じです。ネット販売をよくされています。

 

私はここで、台湾総督府の電報を買いました。地下も売り場になっていて充実しています。パっと見では、大きな家に本がたくさんあるような感じで、お店らしくありません。ちょっと変わった本を探してみたいなっていう方は、訪ねると面白いと思います。かわいい猫がいて、触っても私のときは逃げませんでした。

 

(5)舊香居(台北)

代表的な古本屋です。行かれた方も多いかもしれません。

 

ここの分野は文学、歴史、哲学、芸術、そして紀行本のちょっと変わった珍しいものを置いています。1972年の開業で、その後、名前もコロコロ変わって場所も相当移転しているそうです。軌道に乗せるのに苦労されたように感じます。今はMRTの台電大楼駅の近くで、前を歩けばすぐに気付くようなお店です。

 

ここは、台湾の古本屋に革命を起こした店だと言われています。台湾の古本屋さんは大体、販売定価の半額で売るのが一般的でしたが、この店は、ええ本は高く、安いのはそれなりの値段というように独自性を出した初めてのお店らしいですね。

 

ここは、とにかく良い本をたくさん持っています。というのは、例えば台湾のテレビ等に、書影(本の写真)を提供することを結構良くされてるんですよ。「舊香居提供」っていう写真をよく見かけます。地下にも倉庫があって、相当良い本をお持ちのようです。

左の写真の古書は全部日本統治時代のものです。毎回あるとは限らないようです。店員に値段を聞いても、「オーナーじゃないのでわかりません。でも、それは売り物ではありませんよ。」って言われました。もうコレクションなんですよね。

結構日本統治時代の貴重な資料がありますね。人が3人並んでいるような表紙の資料は、日本統治時代の台湾鉄道旅行案内です。日本では状態にもよりますが、1冊6~7万円以上します。人気のある本です。

これをさりげなく置いていて、しかも売りものにしていないというところに、この本屋さんの、ポリシーというか、哲学が感じられます。私も結構ここの本屋さんは好きです。

 

 

 

 

 

(6)一本書店(台中 ⇒ 現在は花蓮に移転

日本語で言うと1冊の本屋さんっていう感じだと思います。

 

ここはカフェの中に、ちょっと本屋があるかなというイメージで、「生活の中に本と食べ物があれば豊かである」っていうのがお店のコンセプトです。ここでコーヒー飲みながら、ずっといたんですけども、正直ここは本の売上げで成り立っているというよりは、コーヒーとか、あと食事も結構食材にこだわっていて、レストランと、コーヒーで利益を上げてやっているお店です。

 

コーヒーは美味しかったですね、結構こだわっていてハンドドリップで時間かけて入れてくれます。現在は花蓮に移転しています。台中よりも田舎ですから、正直、経営が成り立つのかなって感じなんですが、田舎に帰っていくっていう台湾の流れが今あるんですね。

 

(7)晴耕雨読小書院(桃園)


写真の通り、これ本屋かいな?というところです。

 

田んぼの横にどんとある店です。基本古本屋さんです。近所の人はまず来ないですね。ここは私が見た感じでは、ちょっと観光地化しています。コンセプトが晴耕雨読ですので、ここに来たのかなっていう感じです。

 

二枚目の写真は多分休日でした。もうすごい人です。どちらかというと本よりもがっつりカフェで楽しんでいる感があると思うんですね。児童向けの本が多い印象です。

毎年この本も出されています。お店のFacebookに投稿した内容をまとめた本です。

書店の成長と子供の成長を一緒に見られるような、結構面白い本になっています。2013年の開業で、ここは文化部の援助を受けていますね。台湾では、本屋さんを開く際に援助いただける制度があって、ここはその援助で割と成り立ってるのかなと。

 

移転はしてますけども、今でも続いていて結構人気があります。ただすごく行きにくい場所なので、タクシーで行かれた方が無難かなという感じがします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(8)小小書房(台北)


ここはカフェ併設の新刊書店で、何度も移転しています。コンセプトは、「本に対する愛情のゆえ、私たちは存在する」。

                                                      

写真の本棚の上に作家さんの写真が載っていますが、こういうところは何か誠品書店さんの遺伝子を引き継いでるかなっていう感じですね。何かちょっと似てるなと思ったら、店主さんはやっぱり、もと誠品書店さんにおられた方だそうです。

 

ジャンルは詩と文学と歴史と美術哲学、人文系の本が多いです。あと、リトルプレスも結構置いています。私もここで何冊か珍しい本を買わせていただきました。リトルプレスの代表的なのがこの本ですね。

開店指難というこの本には、ここの店主が開店されたときのことがいろいろと載っていて、例えば、本棚はIKEAで買えばいいとか書かれています。結構細かなノウハウが紹介されていて、経営のことをしっかりと考えておられるなと感じました。

 

2006年の開業から続いています。品揃えもいいなっていうのを直感で思いました。

ここは、MRT頂渓駅が最寄り駅ですが、駅から結構歩かないといけません。突き当たりの堤防のところを通ってお店まで行く間に食べ物屋さんがいろいろあるので、お時間があれば、食べ物巡りを兼ねて散歩しながら行くと楽しいです。

 

 

 

(9)誠品書店

書店散歩の最後はやっぱり誠品書店さんです。

 

台湾好きな方なら誰でも知っている店ですが、台湾の今の本屋の流れや雰囲気というのは誠品書店さんがあってこそだと思うのです。

 

ここの哲学は「読書は本と暮らしの間に存在する」ということと、「書店は知識を伝える場というだけでなく、様々な芸術や展示の文化的な場になる」こと。台湾の独立書店さんはまさに今この感じなんですね。よくイベントをしたり、いろんな展示をしたりしています。

 

1987年に戒厳令が解除されて、1988年に李登輝総統が誕生しました。その翌年の自由な感覚が生まれ始めた時に、創業者の呉清友さんがこういうお店を始められました。

 

 

しかし経営は厳しくて2004年まで赤字が続き、累積赤字は80億円にもなりました。この方は書店開業の前に不動産業をされていて、ある程度の資産をお持ちでしたので自分の不動産を売却したり、銀行から借りたり、そこまでして書店を続けました。

 

ここは、内装に強いこだわりをもっています。

 

24時間営業をするということですごく注目を浴びた敦南店が経営不振で閉店するときに、これだけの飾り付けをしています。いかにも台湾らしいなという感じです。

お客さんが座り込んでいる写真が敦南店の店内ですが、ここは日本の本屋じゃないだろうってすぐにわかります。日本ではまずありえないですよね。私も初めてこれを見たときびっくりしました。と同時に、なんか自由でいいなって思いました。

 

ただ、私はやっぱり日本人なんですね。座っているところの本棚を見たいときには、カチンときます。すみませんと言えばどいてくれるんでしょうけど、これが台湾の本屋さんの楽しいところなのかもしれません。

誠品書店も、特に地方のお店は結構閉店しています。売上げが下がったとか思った以上の成果が出なかったという事情はあるのでしょうが、誠品書店さんは、ほとんど全部が賃貸なんです。

 

結局家賃の問題で、台北101近くの信義旗艦店も、移転や閉店の噂が出ています。三、四年前に誠品書店の今の社長さんが来られたときに、「どんどん家賃が上がっている」とおっしゃっておられました。

 

ちょうどその時は、銀座に誠品書店さんが開店するかもっていう時期だったんですね。これだけ有名な誠品書店さんでも、結構厳しい経営状態だということが伺えます。

 


台湾書店の最近の特徴と事情

 

コンセプトとかテーマ性を持っているお店は、特に小さな独立書店ではかなり多いですね。それと最近の独立書店さんは、カフェを併設した店が多い。カフェがあった方が収益を上げられるということと同時に、みんなで来てのんびりしてねという思いがあって、台湾の書店は、イベントをとにかく魅力的に開催しています。そのイベントは、楽しいからやろうじゃなくて、社会性や何らかの意義、使命感を持ったイベントですね。店内空間や内装に凝った店は、完全に、誠品書店さんの流れをくんでいると思います。

 

今回ちょっと紹介してないんですけども、茉莉二手書店というところは、古本屋の誠品書店と言われてるぐらいに、ものすごく綺麗です。間接照明にも凝ってカフェもあって、空間と内装にお金をかけています。

 

また、生き方や働き方をどう考えるか模索して、それをなんとかお店で表現しようと郊外に出店したり移転したりする店が独立書店では今増えています。村上春樹さんの「村上朝日堂」というエッセイに「小確幸」という言葉が出てきます。小さくてもいいから確かな幸せをつかみたいという意味です。台湾には村上春樹さんが好きな方がすごく多くて日本よりも熱狂的なのかなと思うんです。

 

エッセイの中の「小確幸」の生き方をしたいという若者の割合は多いですね。普通に会社に勤めているといろんな葛藤があると思うんですけれども、それを、私は小さくてもいいから、確かに幸せに行きたいと小さな本屋さんを開いてやっていく。そういう流れが独立書店に出ているんですね。郊外に移転というのもその流れで、台北はもう人が多くてイヤなので、たとえば花蓮が今、割と注目されています。

 

先ほど紹介しました一本書店さんも花蓮に移転しているんですね。宜蘭にも書店があって、そこの店主さんも、地元に行って暮らしたいけれども仕事がないので、自分で本屋さんをして、その土地の文化を紹介したい。台北などから来た人たちには、観光の窓口になる。そんな感じで田舎に帰って自分で仕事を作って、なおかつ、地方の活性化をしているお店が結構あります。特に本好きな方とか生き方にこだわっている本屋さんで、こういう流れが全体的に広がっているのかなっていう感じがします。

 

大型書店の撤退と縮小の流れは日本も同じですね。例えばジュンク堂さんもだんだん本棚の規模が小さくなっています。特に私が感じたのは、梅田にある丸善ジュンク堂さんの1階は、棚が全部低くなって本を減らしています。

 

それと同じことが誠品商店さんの信義店でも言えます。2フロアで1階の雑誌コーナーが結構広かったのに、雑誌コーナーはほとんど消えて、そこは雑貨や食品に変わりました。食文化の本のコーナーには、本もあるんですけど、こだわりの食料品、健康食品が並んでいます。明らかに本ではしんどいんだろうなと感じます。日本や台湾に限らず世界中どこでも同様に、大型書店ほど、家賃とか、人件費の負担が大変という事情が見受けられますね。

 

独立書店も、本当に閉店が多いですね。今回紹介しなかったお店で、推理小説・探偵ものを専門に扱う書店があって、店内は探偵事務所のような造りでカフェも併設していましたがいつの間にかなくなっていました。本当に、5年前後で閉店される店が多いですね。

それでも、本屋をしたい、人生を賭けてみたいというのは日本よりも台湾のほうが多くて、独立書店が、結構注目を浴びています。もちろんその背景には、インターネットの普及による読者層、購買者の減少が、世界的な状況としてあります。

 

日本統治時代にはじまった台湾の書店の歴史

 

台湾の書店の流れは、台湾の近代化が始まった日本統治時代に遡ります。それまでも清朝や大陸の本はあったと思いますが、日本が統治するようになってから、交通、学校などインフラが整備されて、教育が向上し、本屋さんがどんどんできていきます。

 

最初は、日本人相手に本屋を開いてるんですね。中でも有名なのが新高堂書店さんで、ここは出版や地図の作成、販売もしました。それだけではなくて、日本の内地から本を仕入れて卸し、新高堂書店さんがあったから他の本屋が成り立っているというぐらいの中心的な役割を果たしました。

 

教育と書店が発展していくことで、台湾の人も知識がもちろん深まっていきます。1910年代になると、台湾人の経営する本屋さんが現れました。代表的なものとしては、蒋渭水が大安医院を開業し、1912(大正元)年に台湾文化協会を設立して、1926年にその病院の隣に文化書局を開業しました。この協会は、台湾の教育や政治にかなり影響を与えました。映画や演劇などを通じて台湾人の意識や知識を広め、台中とかいろんなところに巡業して、台湾人の声を集める、今でいえば社会運動をしていました。

 

そうやって知識が増えていくにつれて、書店も1926年に66軒だったものが、1938年には106軒にまで増えています。

 

経済の発展につれて、民族意識というものが薄れていったようです。食べていけて元気だし平和だし、何も不自由がなかったら、あえてリスクを負ってまで台湾人意識を出さなくてもいいじゃないかっていう意識が働いたのかもしれません。ただ、日本は戦争に突入していたので、日本語で話すことを求める皇民化運動などが推進され、台湾文化協会には相当目がつけられていったようです。その後の内部分裂と蒋渭水の病死もあって、協会は解散しました。

 

そんな日本時代の台北の古本屋がどうだったのかというと、昭和14年に台北古書籍商組合というものがあって、昭和16年では組合員が27名でした(日本にもこういう組合が各府県にあって、私も大阪古書商業組合に所属しています)。

 

日本の古書組合の場合には、メンバーが互いに不要な本を持ち寄って、欲しい業者が入札して仕入れる、いわば本の交換会をしています。おそらく当時もそういう活動をされていたと思います。高砂商店をはじめ、10軒程度が萬華周辺にあったと言われています。当時の資料はないのですが、業務日誌などが出てきたら面白いですね。

 

戦後のこと

 

台北の牯嶺街(クーリンチェ)は台湾映画「牯嶺街殺人事件」で有名なところです。ここはかつての古本屋街で、今も何軒か残っています。日本統治時代の台湾大学や台湾銀行あたりの職員の宿舎が結構あった場所なんですね。

 

敗戦後、日本人が台湾から出ていきます。残った家の中には、本やいろいろなものがあって、それを台湾の方が売り始めたそうです。最初は露天で売っていたのが、ぽつぽつと店を構えていくようになって古本屋街が形成され、その後、光華商場へ移転しました。

 

光華商場は台北市内にあって、秋葉原のようなCD、パソコンが売られている電気街で、今は小さい本屋が何軒かだけあります。もともと古書街だったところが電気街化していきました。そして最近はと言えば、切手屋さん、古銭店が集まっています。近くに郵政博物館がある影響でしょう。

 

今の台湾の古本業界には、組合というのは存在しないですね。独立書店も新刊書を扱っていることが多いわけですが、その原因は、古書は組合がないと仕入れが大変だからということがあるかも知れません。台湾で古本屋を始めるのは大変です。

 

先ほど紹介した舊香居さんの今のオーナーさんは若い女性の方で、パリや日本のような古本のオークションをやりたい、とおっしゃっていますが、まだ実現していません。

 

古書組合があれば、捨てられずにすむ貴重な本はいっぱいあると思います。私たち古本屋には、読んだ本を要らなくなった人から買うというだけではなくて、歴史的な価値のある資料を集めて保存して、必要な方に届けるという役目もあるんですね。

 

古書が、例えば全く扱う分野の違う書店さんで買い取られた場合でも、組合経由で必要な所へ流れていく仕組みができているんですよ。それがないと、例えば漫画を扱っているところにカビ臭い貴重な本を持って来てもらっても、売るところがないし自分のところでは扱い方がわからないから捨てられる場合もあります。台湾にも古書組合があれば、古書が自然に集まるシステムができると思いますね。

 


古書から見える台湾

 

後半は、日本統治時代の本を通して、あまり知らなかった台湾が見えてくるような、そんな本を、ご紹介します。

 

台湾の書店はいま歴史ブームで台湾コーナーがかなりあります。自分達の本当の歴史を知りたいという気持ちの表れなのか、日本統治時代のことを紹介する本も本当にたくさんあるし、当時の古書、絵はがきなどは値段が上がっています。

 

私は古書組合のオークションで、日本統治時代の台湾のものがあれば入札するのですが、東京の業者は考えられないような高い値段で落札していくことがあります。台湾でも、日本時代の古本は見かけますけれども、まず状態が悪い。70年も80年も前の本が湿気のある島で、しかも、日本の事物がぞんざいに扱われる時期もあった。そんな中でたまたま見つかった本はカビ臭く、破れまくっている。台湾総督府関係の重要な資料でもそんな有様ですよ。だから南天書局さんなどは復刻版を作ることに力を入れているのだと思います。

 

①   文藝臺灣

最初に紹介するのは文藝臺灣。これは、台湾で出た文芸誌です。

西川満を中心に、東京の文壇とは一線を画した台湾独自の文壇を作りたいとして1940年(昭和15年)に創刊されました。皇民化運動との関わりで、台湾の総督府から補助金が出ています。

昭和17年の本の目次には、「技師八田氏についての覚書」のタイトルがあります。教職に就いていた濱田隼雄さんという方の手記で、八田與一さんと会おうと約束していたところ、フィリピンに出張するタイミングで会えなかった。八田さんの乗った船はアメリカ潜水艦の魚雷攻撃で沈み、帰らぬ人となりましたから、無念さを綴っているのですが、これを見るとやはり、戦時下だということが伺えます。大事な固有名詞は検閲で消されていますし、沈没した時の状況は、2ページにわたって削除され真っ白です。ほかには、龍瑛宗といった台湾人の有名作家の日本語の文章も載っています。

 

 

 

 

 

 

②   臺灣人物評

台湾にはどういう人物がいるのだろうとまとめられた、結構面白い本です。昭和4年の発行です。

 

「はじめに」のところでは、世の中に矛盾が多いことを触れていて、これは、台湾人が表に出さない、日本統治への不満を示しているものとも受け取れます。

 

さきほど台湾の書店の歴史のところで登場した、文化書局を開業した蒋渭水さんを社会運動家として紹介しています。また、一青窈・一青妙さんのおじいさんにあたる顔欽賢さんを、立命館大学を出た炭鉱王として紹介されています。

 

 

 

 

 

 

③   臺灣鐵道 最終号

明治45年創刊で、通算378号、この号を最後に休刊になりました。島内一周の対談記事が収録されています。

 

台北駅のアナウンスについて、「次はどこ行きが来ます」というような案内の内容について、「そうじゃないだろう、こっちの方がいいだろう」という具合に、どうでもいいことを批判しているのが面白いです。

 

また、当時の鉄道についての専門雑誌なのに、どこか総合雑誌的な趣があって、漫画や小説も載っていて、一般の人が見ても楽しめるように作られている感じがあります。

 

 

 

 

 

 

 

④  改姓名の備考

昭和16年に嘉義で発行された本です。

 

台湾では氏名を強制的に変えることはしていませんが、日本名に変えるときの条件があるので、その参考資料ですね。

 

この本にはあちこち○がついていて、この名前にしようかな等と考えたのかもしれません。一般的に綺麗な本の方が望ましいのですが、古本もマニアになると書き込みが案外面白いのです。

 

特に戦前などのものは、書き込みにもよりますが、当時のことを知る参考になる場合があります。これは台湾で入手したもので、比較的保存状態のよい古書でした。

 

 

 

 

 

 

⑤   臺灣絵本

昭和18年に東亜旅行社というところが発行しています。

 

内地では戦時色が濃かった時代ですが、台湾ではまだそれほどでもなかったからこそこういうのを作ったのかなと思います。

 

内地の方に旅行に来てもらうために、作家の方にエッセイを書いてもらい、台湾各地を紹介した本で、大体絵が添えられています。

 

「台北栄町の雨」のタイトルの文章では、冬の台北の雨がほんとうに鬱陶しい、といったことが書かれていて、「やっぱり亭仔脚(ていしきゃく)=商店街の屋根付き歩道 はありがたい」と締めくくっています。

 

 

 

 

 

⑥   小學校用臺灣地理 全

これは明治29年東京で出版されています。

 

日本領になった翌年ですので、おそらく台湾が日本領になったことを大々的に紹介するねらいがあったのではと思います。

 

和装の体裁です。明治29年には、この方が作りやすかったのかもしれません。台湾のことをまだあまり調べていないためか絵は少なく、鉄道は清朝時代に作られた基隆~新竹間だけが地図に載っていて、インフラ整備はこれからの段階です。大稲埕の戸数は1500、台北全体の人口は3万人でした。

 

 

 

こんなふうに、台湾のことを古書を通して見るのも面白いと思います。

 

台湾の書店について思ったことですが、蒋渭水の台湾文化協会の社会運動の流れが、独立書店の活動につながっているような気がします。

 

現在、私と妻とで「台湾書店歴史漫歩」(邦訳:台湾書店100年の物語)を翻訳中です(巻末の追加情報参照)。

 

そこにも、「台湾独立書店の精神は、蒋渭水の台湾文化協会の精神をもっと勉強するべきではないか」というくだりがあります。台湾の書店は、社会運動の面が濃くて、濃いが故に経営がうまくいかずに閉店する店が多いのかな、というのが私の印象です。それは、思想の問題というのではなくて、社会に対する関心が強いことの表れで、例えば台湾の選挙の投票率は日本とくらべてもかなり高い。社会的な意識、国の成り立ちに関する意識が日本とはちょっと違うように、本屋さんを見ても感じる次第です。

 

先日、中国から日本のEEZにミサイルが打ち込まれました。このことに対して、日本の学生がそこまで関心があるかというと、自分事とは捉えていないように見受けられます。それに比べると、台湾の若者達は、ひまわり学生運動で見られたように、社会的なことに対する関心が高いと思います。

 


質疑応答

Q1台湾の中文書を買う方法について。最近はネットで買うのが一番いいのかなと思うのですが、日本にいながら買うならどの方法が良いですか。

 

もちろん当店です。(笑) 時間がかかっても良いのでしたら、私のところも年に何度か船便で取り寄せています。

日本で、確実に欲しい本を入手するには、送料は高いですがインターネットですね。新刊書なら、東京の誠品書店にも一部の人気の本は置いてあると思います。また、関西で簡体字の本を扱われている東方書店さんで取り寄せてもらえるかもしれません。

 

Q2台湾では、いろんなジャンルの日本の本が翻訳されて売られています。一方、台湾の本で日本語に訳されているものはかなり少ない印象があります。

 

日本で発行される翻訳本は圧倒的に英語を翻訳したものが多くて、中国語の本は大陸のものを含めても少ないですね。

 

Q3台湾の本屋に行くと、客層はめちゃ若い人が多いという印象が強くて、みんなスタバに来るような感覚で来ているような感じがします。レジで購入しているところをあまり見かけないのも気になります。

 

誠品書店さんのコンセプト「本とくらしの間」に沿って、おしゃれ感覚で本屋に行くことが若者に広がっていますが、それが売上げにつながっていない可能性があります。本屋に行かないと本の文化自体が知られないので、悪くはないのかもしれませんが。

 

Q4台湾の本は日本の本に比べて装丁がすごく面白いと思います。日本より自由度が高いということなんでしょうか。

 

誠品書店に行くと、分厚いフリーペーパーがありますね。フリーペーパーが台湾で多いのは、印刷代がすごく安いからという話を聞いたことがあります。もしかするとデザインの費用も安くて、それで面白い装丁のものが多いのかもしれません。

 

Q5フォルモサ書店さんを開業されたきっかけや志を教えてください。

 

もともと中国語はピンインで勉強していました。台湾のことを知ったのは台湾人の妻との結婚がきっかけです。結婚前に台湾に行き、日本語世代のおばあちゃんにたくさん話を聞かせてもらいました。歴史としては知っていても衝撃的なことが多く、白黒の歴史が一気にカラーになったような感じがしました。

 

会社どうしようかな、となったときに、退職してもいいんちゃうと妻が言ってくれて辞めました。何ができるか考えて、もともと本が好きで、新刊書よりも古本のことならある程度わかるかな、どうせやるなら台湾のことを紹介しようと考えて、始めたのがきっかけです。台湾に行ったときには本屋さんをよく巡ってますから、仕事としてもやれるかなと。

 

Q6古書組合がないために古い貴重な本が廃棄されるという話がありました。研究者や執筆業の方にとって古書は重要な資料になるはず。散逸したり焼却されたりすると昔のことがわからなくなってしまうので、そうしないことが大事だと思います。

 

当店はネットでも販売しているので、台湾の大学や博物館からの注文も時々来ます。それはやはり日本時代のものが多いんですよ。中には台湾で仕入れたものもあります。

 

日本と全く同じでなくてもよいので、台湾にも古書組合があった方がいいですね。

 

日本の古本屋は古紙業界や廃品回収業界とたいていつながっています。段ボールでまとめて持ち込まれたら、1箱いくらで中身を見ないで買い取ります。その後に品定めをするわけです。良い物は古書組合で売ろうとか、超特級の古書は東京に流して高値が付くこともあります。

台湾にも組合を作れば、古書が集まる仕組みが自然と出来上がって、貴重な資料もシステム的に流通して残っていくようになりますから、何かお手伝いできればと思います。

 

台湾でも古書店と古紙業者さんなどとは個別につながりがあると思いますが、それを組織的なものにしないと、大量に入荷したときに自分の所でさばけないと処分することを考えてしまいます。システム的に本を吸い上げるシステムが要るということです。

 

Q7日本では、古い家の蔵から古文書が出てくることがありますが、台湾ではどうですか?

 

そういうのはあるみたいです。ただ、引き取りに来た業者が本社とつながっていれば流せるのですが、価値がわからない業者だと捨てられてしまいます。

日本の古本屋さんが廃品回収の捨て場所で本を探すという話は聞きません。それは古書組合が全国にあるからだと思います。

 

Q8 30年ほど前に台北に住んでいました。そのころ、レトロな雰囲気のレストランがはやりだしました。壁に画鋲で留めてある新聞が日本の2.26事件を報道したオリジナルのものでしたが、家の裏にいくらでもあるからと、かなり雑に扱われていて、もったいないと感じました。

 

そうですね。興味のない人から見れば、元はゴミなわけですからね。でもわかる人には光って見えるので、そういうものが捨てられるのは本当にもったいないですね。

 

Q9フォルモサ書院さんに以前、台湾の鉄道の年鑑で、乗降客や手荷物の輸送実績が細かく記録されて、すごく保存状態の良いものがありました。そういう貴重な資料の値段の付け方はどのように勉強されたのですか。

 

古書組合を通過した本については、初版であるとか保存状態によって、ある程度相場は決まります。ただ極端に古くてウチにしかないよという本は、相場はあってないようなものです。

 

例えば私が台湾に行って、どこかで100元で売られている古い本を買ってきたような場合は、売値は自由です。それが戦前の貴重な資料なら大発見かも知れませんが、100元の仕入れ値なら1万円で売れば十分利益が出るからそれでいい、という訳でもありません。1万円の値付けだと1万円の価値しかないので、買った人はもしかすると大切に扱わないかもしれません。仮に100万円の値付けをすれば、買う人は相当の覚悟で買いますし、買ったあとも価値を意識して大事にします。値段というのは売値という以外にも、価値の意識付けともいえるのです。

 

一方、高い値段を付けすぎると、ぼったくりの店だと思われますし、売れないかもしれない。店の経営のこともあるので、自由に値付けできるとはいっても、、そのあたりのバランスが難しいですね。

 

Q10日本統治時代に台湾で出た本の言葉は何語ですか?

 

基本は日本語です。初期のころには漢文のものもありました。以前、「台湾民法」の復刻版を仕入れたことがあって、それはところどころ日本語が混じるもののほぼ漢文でした。台湾の人に向けて知らせたい内容だったからですね。

 

台湾で出版する物は台湾総督府があったので、一般的に日本語になったという事情があります。原住民の言語で書かれた本というのは、正式に出版されたものの中ではないと思います。


フォルモサ書院

 

天神橋筋商店街の「天三」のエリアにあります。

地下鉄の南森町かJR東西線の大阪天満宮の駅を出て天神橋筋商店街を北に向かっていくと、刃物屋さんを過ぎて、左側に緑色の小西ビルがあります(ナチュラルローソンの手前です)。

 

このビルの1階奧の階段を上がった2階です。文庫本や営業日の案内看板をビル入口に出しています。

 

台湾関係の本や鉄道の本、絵はがき、キップ、文具などもあって、台湾好きの人には楽しい空間ですのでぜひお訪ねください。


追加情報

 

10月にH.A.Bという東京の出版社から、3年がかりで当店が翻訳した本『台湾書店百年の物語(原題:台湾書店歴史漫歩)』 を刊行します。

日本統治時代のことや最近の書店事情まで紹介していますので、ぜひご覧いただきたいです。

また、台湾の本屋さんを紹介する『(仮)台湾書店さんぽ』(年内発売予定)を現在作成中です。いろんな台湾の本屋さんと、そのお店の近くならこんな食べ物屋さんがおいしくておすすめという内容を紹介します。当店のほか、通信販売でも取り扱う予定です。