レポート 第29回日本と台湾を考える集い

 集いファンのみなさん、こんにちは。

 事務局長の大福です。

 遅くなりましたが、去る4月20日土曜日に、大阪・難波市民学習センターにて、第29回の集いを実施しましたので、報告いたします。

 今回は「沖縄社会の現状と台湾との関係~報告と意見交換」をテーマに、沖縄より高里洋介さんと許光輝さんのお二人を招き、報告者として語って戴きました。

 また、集いに先立ち、4月末より順次上映の映画『セデック・バレ』と『空を拓く』の予告編を鑑賞しました。 

 今回の報告は細かい情報が多々あり、またそれを余すことなく伝えたい趣旨から、当事務局の”ふぉるもっさライダー”氏が記述したメモを元に構成しました。

 ”ふぉるもっさライダー”氏には、この場を借りて、お礼を申し上げます。 


■ 報告1 「沖縄社会の現状と沖縄から見た台湾」
 報告者:高里 洋介さん

 

 伊江島出身。

 日本軍の飛行場造成中に艦砲射撃で全滅。

 父は満州からシベリア抑留。

 親戚を殺した米兵にギブミーと言えなかった。

 日本に復帰したくて運動した。

 復帰間近に日の丸に裏切られた論調が目立つように。

 琉球新報・沖縄タイムスとも左翼的で、日本軍は沖縄住民を守らなかったとの論調ばかり。

 自分で勉強しはじめて、地元2紙の報道内容は違うと自覚した。

 小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』は、絵のタッチは汚いが正しいことを書いてあると感じた。

 自分では真ん中の考え方だと思うが、沖縄ではおまえは右翼だと言われる。

 

 入浴中にふと小林よしのり氏を沖縄に呼ぶことを思いついた。

 友達に電話するとみんな手伝うと言ってくれて14名ほど実行委員会に入ってくれた。

 自由に意見を交換しないといけないと感じた。

 本音でモノが言える状況を作らないといけないと手紙を書いた。

 実行委員会から抜ける者もいて苦労した。

 奥さんに200万円使わせてと相談。

 

 小林氏からは「漫画家だから普通は講演しないが、趣旨に賛同するので旅費だけ出してもらえれば行く」との回答を得て、沖縄へ来てもらった。

 沖縄のコンベンションホールでは入場料3,000円に対し1300人もの人が集まり、利益として90万円を得た。

 

 しかし金儲けのための講演ではないので、まずは20万円を小林氏に謝金として渡そうとするが丁重に断られ、秘書のみなぽんこと岸端さんのカバンにねじ込むがみなぽんの抵抗でそれも失敗。

 

 そこで小林氏の著書『沖縄論』をボランティア全員分購入し、小林氏の協力のもと、個人個人の名前入りサイン本を配布することを提案。小林氏から快諾を得て、ボランティア全員にお礼として『沖縄論』を配布。

 

 ところが後日、職場の先輩から呼ばれた。そこで先輩から「沖縄で小林よりのりを呼ぶなんて君の昇任はないよ」と忠告された。

 

 沖縄で本音を言うとみじめになる状況が今も続いている。

 ・自分たちで勉強をしない。

 ・左翼の運動家がたくさんきて、2つの新聞社の論調に流されてしまう。

 ・マスコミの世論操作が著しい内容。

 

 蛍の光の歌詞の34番の歌詞は紹介されることがない。沖縄差別の視点でだが、明治14年からあるもの。

 

 図書館連絡協議会に沖縄の図書館で本を用意しておいてもらうことを考えたが知人にやめるよう忠告された。台湾は近いが、ほとんど知らなかったので勉強した。

 

 小林よしのり氏には、自分で勝手に押し掛け弟子になった。

 沖縄の台湾事務所を訪ねた。

 本物の政治家に是非会いたいと伝え、李登輝氏への手紙を用意した。

 6月に書いたら9月に会いましょうと返事が来た。

 

 公民館で実践中国語講座を開講し、講師と一緒に中国に行き、現地の大学で1時間講義を受ける取り組みをしていた。反対されつつ、9名のメンバーで訪問し、李登輝氏と 2時間面談した。

 

 沖縄の中では聞けない話を涙を流しながら聞いた。

 その中で参加者が突然、「沖縄にお越しください」と依頼。

 沖縄のことを考えておきます、との回答。

 

 李登輝氏の沖縄招聘費用として自分の退職金を使うつもりで、前借りを考えた。

 「尖閣のことで騒がれているときに、李登輝さんを招いて何かあったらどうするの」と小林よしのり氏にも指摘された。

 

 そのころ偶然に琉球大の先生が李登輝氏の招聘を検討していることが、李登輝氏からの問い合わせで判明。琉球大と共同で招聘の準備をするが、琉球大が李登輝氏のセキュリティ対策を全く意識していなかったため、自分が県警との窓口になり対応していたところ、日本李登輝友の会が協力。

 

 李登輝氏の講演当日、前座の琉球大の先生が20分以上も話して止まらないので、『日本と台湾を考える集い』の代表・竹市敬二氏がその流れを断ち切り、李登輝氏の講演が始まるという出来事もあった。

 


■ 報告2 「台湾から見た沖縄との歴史及び現状」

 報告者:許 光輝さん

 

 日本はひとつでなく、沖縄とその他と思う。澎湖島で生まれ育ったので、澎湖とその他台湾と捉えている。 高卒後、琉球人がどんな活動をしたか聞いた。サトウキビも琉球人が持ち込んだものだが、若い人は経緯を知らない。

 

 澎湖島は立派な灯台があった。下関条約の交渉中に日本艦隊は澎湖島にいた。台湾海峡を制圧のため 台湾が演習するのも澎湖

 

 澎湖と沖縄は共通点が多い。小島が多い、石敢當多い海底遺跡の存在

 台湾漁師 むかし琉球の漁師と一緒に漁をしていた。

 

 ウミンチュの像基隆市は土地の提供難しかった。228事件の殺戮現場に近い。121日に序幕なのに 土地の許可が出たのは1110日。

みんないいことだと賛成してくれても、なかなか話が進まなかった。

 

 八田與一記念館…58日の式典の参加者が毎年減っている。

 大きい業績を上げた人には良い施設を作らないと忘れ去られてしまう。

 婦人の銅像の建立を企画した。

 日台ともに婦人銅像参拝して夫妻が植えた桜を鑑賞すれば、若者の離婚率が高いことも改善するのではと期待している。

 妻の支えがあったことを重視したいと思う。

 将来は基隆にウミンチュのお寺ができるといいなと考えている。

 

・助け合いの歴史を広める

・もっと両国の連携を深めないとお互いに大変

 

 新竹駅・東京駅、同じ設計者。姉妹駅になるといい。

 小樽駅とかぎ駅も台湾人慰霊碑を建てたい。

 いちばんのきずなになる。

 靖国神社以外に立派な慰霊の場所がない

 

 沖縄の平和公園の韓国の慰霊碑は600坪ある。

 台湾人慰霊碑はない。

 

 東北震災は、行動によってりっぱな絆ができた。

 両国の歴史文化を考えると、607坪以上のものを。

 台湾の戦死3万、行方不明は15千人。

 韓国よりおおい。本当の有効・安全を考えると。

 子供の時から、台湾海峡で泳いで日本のタンカーがたくさん通るのを見てきた。

 日本時代の灯台は今も日本船を守っているのに、日本人は台湾海峡への関心が低い。

 

 烏山頭ダムを世界遺産にするのは日本人の誇りなのに、うまくいっていない。

 

 台湾人慰霊碑の件は、与党も野党も反対できない。

 台湾人は死んだ人には畏敬の念のみ。馬総統も反対していないのでうまくいくはず。

 ぜひ当事者の日本人の絶大なご支援をお願いしたい。

 


○ ○ ○ ○

 副代表バナナ氏の司会で進行。
 参加者からの質問も受け付けました。 

 

(副代表バナナ氏)「マナーとしての反米」の感覚に共感する 。

 

(副代表バナナ氏) 非戦闘員への無差別攻撃をしたアメリカに対する思い、憲法でなく安保が沖縄を守っている事実がある。安保条約が守ってきたという事実を認めなければならないが、左翼に反対するあまり、左翼空間に対する反発から反米の感覚が抜けているのではないか。

 

(高里氏)アメリカがいなくなっても自分たちで沖縄を守っていくための軍に今からでも入 りたい、家族を守れるよう、武道は今も続けている。

 

(許氏)反米反基地より、台湾との良い関係づ くりになるウミンチュ像の方が反対ない。ぜひ慰霊碑を建てるべき。スローガンを言えば、補助金や地元振興につながる関係がある。 薩摩時代、沖縄戦をとおした歴史がある。

 

(参加者A氏の発言)・八重山日報は中立の新聞。51213日、沖縄を守る大会開催予定 

     ・沖縄保守(=琉球王国を守る) 日本保守とは別。

     ・反米を批判する視点(領有権を棚上げにして結んだ漁業交渉を台湾はどう感じているか) 今の政府は中国寄り。すでに漁師を扇動して中国からも資金が出ている。

     ・石垣市長が抗議している。

(参加者Bから高里氏への質問に対する回答)

 

 沖縄では、土木関係者が基地反対というと仲間外れにされる。

 基地反対と言いながら借地料や基地雇用で暮らしている。

 大きな企業がないので、土木事業での雇用が大きい。

 辺野古の反対闘争に行くと日当5千円でるらしい。

 

 宜野湾市も半々。それを煽っているのが沖縄マスコミ

 

 日本復帰を希望したのは共産党など。他は台湾と一緒になるかグアムのような自治領を目指していた。

 

 かつての戦争中、遺言の内容は沖縄人も同じだった。

 

 日米地位協定を変えないといけない。

 

 <慰霊碑の建立について>

 

 日本語世代が高齢化。

 去年この運動を始めたが、趣旨を理解してもらえれば国民党も民進党も賛成してくれる。

 法人組織を早いうちに作りたい。

 この慰霊碑の建立は台湾人の英霊も喜びそうだ。

 

 沖縄を特別扱しないでほしい。

 

 同じ日本人、かつての英霊の思いを考えると、今のこの風潮で良いのか?、こんな社会のために命を捧げたのか?、と思うことがある。

 

 その意味では台湾といい交流が出来て良い。

 


『ご感想』

 集い終了後、参加された方からいくつか感想が寄せられましたので、そのうち4通を紹介します。

「沖縄は日本と違うところがあり、台湾と似ている、近い。」という話を聞いたことがありますが、私はどのような関係があるのか分かりませんでした。

今回、「集い」に参加して、歴史や政治の背景で密接な関係があることが分かりました。

時代の変遷により、こうしたことを知らない人、特に若い世代に増えています。

私は現状及び未来について周りにどのように伝えていけばよいか。大いに興味を持ちました。

 

高里さんの話について以下のことを思いました。

・沖縄マスコミと住民の方を切り離して判断する必要があること。

・日本全国から沖縄を支援する必要があること。

・沖縄に本当の日本人がおられたということ。

許さんの話について

2011年の訪台時、烏山頭ダム、紀念館を視察しました。八田與一技師は立派な方で日本の誇りです。

・許先生は「烏山頭水庫を世界遺産に!」を始め、多くの取り組みをなされており感謝いたします。

 

昨年、澎湖島を訪問し、日本統治時代に海軍基地があり、米軍による爆撃があったことを初めて知りました。

許さんの話を聞いて、台湾人慰霊碑建立趣旨を深く理解することが出来ました。

また、これから日本と台湾が国交を樹立できるようにするためどのようにしたら良いのでしょうか?

 

台湾で感じる超親日ムード、日本語学習者の増加。日本でも台湾愛好家の増加。双方ともすごい現象があり、この会にも感じる。

かつて、台湾総督府民生局長を務め、後に逓信大臣となった後藤新平はロシア、中国にも行き、亜細亜は仲良くしなければならないと主張し実行した。ONE ASIAでなければならない。

みんなで手をつなぎ、悪い国は懲らしめ、弱い国を助けていくべきであると思います。